画像は島崎藤村

 江戸時代から明治にかけて、多くの文人墨客が小諸を訪れました。明治35年11月には明治洋画壇の鬼才、青木繁さん坂本繁治朗さん丸野豊さんの3人の画家が2週間ほどの妙義山写生旅行の後小諸に立ち寄られ、たまたま目にとまったつるやに宿泊し、やはり2週間ほど滞在されました。わざわざ小諸に来られたのは当時小諸義塾で教師をしておられた文豪島崎藤村さんにお会いし、その人格に接し、つぶさにその芸術論をお聞きしたいという強い希望があったからでした。不同舎(画塾)の先輩、丸山晩霞さんを訪ね藤村さんにお会いしたい旨お願いしたわけです。晩霞さんも藤村さんと同じく小諸義塾の先生をしておられました。翌々日の夕刻、晩霞さんは約束どおり藤村さんをつるやへつれてこられました。若い3人の画家はそれぞれの思いを持って藤村さんの芸術論を、あるいは人生論を心にしっかり刻み込まれたことでしょう。3人の画家は弱冠20歳の若さでした。藤村さんは35歳、立派な文学者、詩人でした。
 
移築復元された小諸義塾
 特に青木繁画伯は次の年(明治36年)には黄泉比良坂(よもつひらざか)を出品し、第8回白馬会賞を受賞し当時の画壇に注目されました。明治37年には海の幸、明治40年には、わだつみのいろこの宮を出品しましたが中央画壇に認められず、落胆の末福岡へ帰り、放浪生活をし、明治44年28歳で肺結核のため九大病院で亡くなりました。亡くなってから、わだつみのいろこの宮(国宝)、海の幸(重要文化財)が認められ、現在久留米の石橋美術館におさめられております。彼の作品には、放浪的心情が強く表れており、豊かな文学的連想が最大の特質となっていきました。古事記など古代文学への傾倒ぶりがうかがえます。
 当館にはこのようなエピソードも残っております。

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